中世日本に見る、SEOのヒント|SEOと広告とインターネッツ      

2014年7月18日金曜日

中世日本に見る、SEOのヒント

大昔の日本に、これからのSEOのヒントがあります。


これからのSEOは、コミュニティ化と絡めた方がうまくいく。

というお話は、この記事とか、この記事とかで書きました。

で、昔から日本人ってコミュニティ化が得意だったんです。

その一例をご紹介しましょう。

御師(おんし)という職業をご存じでしょうか?

日本史が得意な人でもあまり知らない職業です。

平安~明治時代までの職業なので、
今はもうありません。

この御師とはどんな職業なのかというと、
一種のホテル事業です。

ホテルはホテルでも少し特殊で、
寺にお参りに来る人々に、
宿泊所、食事などの世話をする職業でした。

特に平安時代、貴族の間で山岳信仰がちょっとしたブームになった事もあり、
富士山の寺社を中心に御師が勢力を築いたこともあるほどです。

明治時代までの数百年間は日本全体でそこそこ大きな市場を形成していたとみられます。
(私は日本史の専門じゃないのでどこか間違ってるかも)

このビジネスは寺にまつわる仕事がメインで、
おはらいやお札などが主な収入でした。
お寺なので、宿泊やお布施も当然収入源です。


さらにここからが凄いところです。

この「御師(おんし)」という職業名。

名前に「師」とありますね。

この名前通り、弟子がいるのです。

御師に対し、お参りに来る信者を弟子とし、
一度師弟関係を結ぶと、弟子は同じ御師のもとにずっと通うことになります。

ここで御師が注力した事があります。

当然、囲い込みです。

想像ですが、信者に対し熱心にセールスをかける御師も少なくなかったのかな?と思います。
知らないですが…

御師が囲い込みに成功すると、
彼らはさらに「講(こう)」と呼ばれるコミュニティ(集落)をつくり、
大きな勢力を築きました。

そうすると、今度はその御師の所属するお寺の勢力が一気に拡大します。

これで有名になったのが、
熊野三山や伊勢神宮などになります。

コミュニティ化が奏功し有名になると、
参拝者(=見込み客)が後をたたないという、
非常にレバレッジの効いた状況になります。

現在の貨幣価値に置き換えると、
年間で数十億円~下手すると百億円くらいはお金が動いていたのではないでしょうか?
(2012年のホテル業界だけで8,000億円ほどの市場があります。明治以前の日本の人口は1,000万人に満たない程度)

では、もしこれが仮に個々人で御師ビジネスを行い、
師匠と弟子という関係を築かないものだったら…?

恐らく、ここまで大きな勢力は無かったことは想像に難くありません。

それほど、コミュニティ化というものは、
ビジネスが加速し数百年継続するほどの大きな要因となりうるのです。

ちょっと演繹的な推論も入りましたが、
コミュニティ化→有名になる→さらに人が集まる
というループは、SEOのコンテンツ戦略にも応用できると思います。

ぜひヒントにしてみてください。


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